物件の内見に来た医師が、最初に見るのは広さと賃料です。
それ自体は間違いではありません。ただ、それだけで物件を判断すると、開業後に「こんなはずじゃなかった」が起きやすくなります。
物件選択の失敗は多方面にわたって深刻な影響を及ぼします。
アクセスの悪い立地や視認性の低い物件では、どれだけ優れた医療を提供しても患者に認知してもらうことが困難になります。
特に新規開業の場合、口コミや紹介患者が少ない初期段階では、立地による自然集患が極めて重要です。
物件を見るとき、何を・どの順番で確認すべきか。開業コンサルタント・不動産専門家・患者の3つの視点から整理します。
視点① 視認性:「気づいてもらえるか」を患者目線で確かめる
患者がクリニックを選ぶとき、最初のステップは「存在を知ること」です。どれだけ丁寧な診療をしても、気づいてもらえなければ来院は起きません。
視認性とは「遠くからの見つけやすさ」です。
テナントビルではビル前に大きなテナント紹介のサインボードがあったり、建物の突き出し看板や窓ガラスに案内サインを取り付けたりすると迷わず見つけることができます。
まれにテナントビルで看板設置不可という場合もあり、駅近でも場所がわかりにくいビルは避けたほうがいいでしょう。
患者の感じ方:初めてのクリニックに来院するとき、患者は「本当にここでいいのか」という不安を抱えながら歩いています。
建物が見つけにくい、入口がわかりにくい、階段しかない。そのひとつひとつが「やっぱりやめよう」という離脱につながります。
内見では、自分がクリニックを知らない患者だったら、という目線で建物の外から歩いてみることが大切です。
建物の1階や商業施設内などは患者から認知されやすい立地といえます。
逆に、駅前など人通りが多い場所でも、建物が奥まっていたり階数が高い場合には、視認性が低くなります。
不動産専門家の視点:駅から100mであっても、人通りの少ない路地裏に入ってしまっては人の目にとまりにくい。
知名度のあるビル、商業施設に入っている物件は、駅から近くても無名のビルと比べて集患力が大きく違います。
「駅近」という条件だけでなく、「どの方向から・どのルートで人が歩くか」まで確認してください。
視点② 生活動線:地図ではなく、足で確かめる
候補地が「住民の生活動線上に位置しているか」を見極めることも重要です。
クリニックの開業立地は、駅への行き帰りルートであったり、スーパーなどへの買い物で多くの人が日常的に往来している流れの中にあることが非常に望ましいといえます。
これは郊外の車移動が一般的な地域でも同様で、郊外では地元の方が利用する生活道路沿いなどが一等地となります。
開業コンサルタントの視点:診療圏調査の数字は目安にはなりますが、ご自身で調べることも重要です。
競合医院の動線や患者数、検討物件との距離、周辺地域の住宅状況など、見ないとわからないことはたくさんあります。
特に川・線路・急坂・幹線道路などの「人の流れを分断する要素」は、地図では読み取れません。
物件候補が決まったら、平日の朝・昼・夕方、休日と複数の時間帯に現地を歩いてください。
同じ物件でも、時間帯によって全く違う表情を見せます。
患者の感じ方:「通いやすさ」は受診継続率に直結します。
定期受診が必要な内科・整形外科・皮膚科では、「また来よう」と思えるかどうかが経営の基盤になります。
スーパーへの買い物ついでに寄れる、保育園の帰りに立ち寄れる。そういう「ながら来院」が自然に起きる立地かどうかを確かめてください。
視点③ アクセス:「来られるか」を交通手段別に確認する
徒歩・自転車でのアクセス性も見落とせません。
歩道の整備状況、自転車駐輪場の有無、周辺住宅地からの距離と経路の安全性などを評価します。
特に小児科や内科では、近隣住民の日常的な利用が期待できるため、生活圏内でのアクセス性が重要になります。
駐車場は診療科によって「必須」になる:整形外科・眼科・高齢者が主な患者層となる内科では、車でのアクセスが来院の前提になります。
駐車場のない物件は、これらの診療科では集患の根本的な障害になりえます。台数だけでなく、「車椅子対応の駐車スペースがあるか」「出入口の動線がわかりやすいか」まで確認してください。
エレベーターとバリアフリーは集患条件:高齢患者・車椅子利用者・乳幼児連れの患者にとって、段差・階段・エレベーターなしは来院をためらわせる要因になります。
クリニックには受付・待合室・診察室・処置室・トイレ・更衣室・休憩室などのスペースが必要です。給排水の設備も含め、クリニックを問題なく開業できるかどうか、内装工事会社などに見てもらうことをおすすめします。
視点④ 間取りと建物設備:診療が成立するかを専門家と確認する
広さと間取りは「診療が機能するかどうか」に直結します。
坪数が十分に見えても、柱の位置・水回りの配置・天井高によっては、必要な診療室が確保できないことがあります。
間取りの評価では、患者動線とスタッフ動線の分離、プライバシーの確保、効率的な診療フローの実現可能性を重視します。
受付から診察室・検査室・処置室への移動が円滑に行える配置であること、患者同士のプライバシーが適切に保護されること、スタッフが効率的に業務を行える配置であることが重要な評価基準となります。
内見には必ず内装設計士を同行させてください。医師の目では見えない「この壁は抜けるか」「水回りをここに移せるか」「医療機器の搬入経路はあるか」を確認できるのは専門家だけです。
建物設備の確認リスト:天井高・耐荷重(医療機器は重い)・電気容量(MRIなどは大電力が必要)・給排水の位置・消防設備・アスベストの有無・耐震構造・B工事の範囲。
これらは契約後に判明しても変更が効かないため、内見時の確認が必須です。
視点⑤ 賃料:「売上比10%以下」を守れるか
患者が集まりアクセスが良く視認性の高い物件は当然のことながら家賃が高く、近隣に競合も多いことが想定されます。
事業計画を踏まえ「売上比10%以下」を目安に、適切な賃料の物件を選ぶ必要があります。
月の売上が500万円のクリニックなら、賃料の上限は50万円が目安。共益費・管理費・駐車場使用料を含めた実質賃料で計算することが重要です。
表面上の賃料が安くても、共益費を含めると想定を大きく超えるケースがあります。
敷金は一般的に賃料の6〜12ヶ月分、礼金は0〜3ヶ月分、仲介手数料は賃料の1ヶ月分程度が相場です。
改装工事費は坪単価30〜80万円程度が一般的ですが、2025年現在高騰が続いており、坪80万円程度は見込んでおくと良いでしょう。
交渉できる余地がある:クリニックは開業後の撤退は滅多にないので保証料の減額の交渉も可能です。
また、内装工事着工までは家賃の支払いを免除する「フリーレント」を受け入れてくれるオーナーも多いので、開業コンサルタントを介して交渉することをおすすめします。
視点⑥ 前テナントと周辺環境:契約前に必ず調べる
テナント募集となっている空き物件は退去から時間が経っていることが多く、長期間契約が結ばれないということは、相場より家賃が高いなどの理由が考えられます。
問い合わせ時に、物件の詳細や前の契約者の退去理由をよく聞いた方が良いでしょう。
前テナントの退去理由は、物件の「隠れたリスク」を示していることがあります。
また、上下隣の店舗の業種は、クリニックの運営に大きな影響を与える可能性が高く、飲食店が入っていると店舗によっては騒音問題や匂いなどの問題が起きる可能性があります。
心療内科・精神科のように静寂が重要な診療科では、特に注意が必要です。
内見チェックリスト
契約前に確認すべき項目を整理します。
視認性(主要道路からの見えやすさ・看板設置の可否)、生活動線上の位置(複数時間帯の現地確認)、アクセス(徒歩・自転車・車・バリアフリー)、駐車場(台数・出入口・車椅子対応)、間取りと動線(患者動線とスタッフ動線の分離)、建物設備(天井高・耐荷重・電気容量・給排水・消防・耐震・アスベスト・B工事範囲)、実質賃料(共益費込みで売上比10%以下か)、前テナントの退去理由、周辺テナントの業種。
これらを一つずつ確認した後、「この物件でなぜ患者が来るのか」を自分の言葉で説明できるようになること。それが、物件選定の本当のゴールです。
私自身、多くの医師の開業に立ち会ってきました。うまくいった開業に共通していたのは、スピードではなく、納得感でした。焦らず、ここで少し整理していってください。
この記事の延長にある話を、3つだけ。
