開業を考える医師に、リスクの話をすることがあります。怖がらせるためではありません。知っておくことで、準備の質が変わるからです。
帝国データバンクの調査によると、2024年の医療機関の倒産・休廃業・解散は過去最多を更新しました。
資金計画の甘さ、過大な設備投資、人材不足、ネット戦略の欠如など、さまざまな要因が倒産や休廃業の背景に潜んでいます。
ただし、冷静に数字を見てほしいのですが、全国のクリニック数は令和5年12月時点で10万5,418件。2023年度の休廃業・解散件数は580件、倒産件数は28件です。
廃業率に換算すると0.58%程度であり、全産業平均の廃業率3.3%と比べて高いわけではありません。
リスクは存在するが、正しく準備すれば決して高い確率ではない。そう理解した上で、具体的なリスクの中身を見ていきます。
リスク① 資金ショート
開業で最も致命的なリスクが、現金が尽きることです。
開業資金の目安は5,000万〜1億円。その多くを借入で賄います。
問題は、借入返済が始まる一方で、収入は後から来るという時間のずれです。診療報酬の入金は翌々月。開業初月から2ヶ月は、診療しても入金がありません。
開業後すぐに設備修理や追加購入が必要になったり、思ったよりも患者数が増えず収入が安定しなかったりすることがあります。このように不測の事態が重なっては、黒字でも倒産の憂き目に遭ってしまいかねません。
開業後に資金不足に陥らないようにするには、半年から1年分の家賃・光熱費・人件費などを事前に準備しておくことが必要です。
月間固定費の目安は175〜310万円前後。6ヶ月分を最低ラインとして確保しておくことが求められます。
実例:首都圏で内科クリニックを開業した医師は、開業3年目でも1日の患者数が20〜25人程度にとどまりました。
開業リスクに見合う1日の来院患者数の目安が40人とされる中、その半分程度。多額のローン返済とスタッフの人件費でキャッシュフローを圧迫し、勤務医時代の貯金を切り崩して経営を維持する状態になりました。
リスク② 過剰投資による自縄自縛
「開業するなら最高の設備で」という気持ちは理解できます。ただ、その判断が後の経営を縛ります。
開業時は「すぐに理想の医療空間を実現したい」という気持ちが先行し、最新設備を必要以上に購入しがちです。
いくら質が高い最新設備とはいえ、稼働率が低い医療機器ばかり揃えると、経営を圧迫する要因となります。
最新設備の導入は、開業時ではなく黒字になってからでも遅くはありません。
高額な医療機器は開業後の運転資金に大きく影響してくるため、患者の利用頻度などを考慮して慎重に導入しなければなりません。
借入金が膨らめば月々の返済額も増え、損益分岐点が上がります。患者数が少ない開業初期に、高い損益分岐点を設定してしまう。
このパターンが、経営を最初から苦しくします。
リスク③ スタッフ問題による連鎖崩壊
スタッフの問題は、患者数・収益・院長のメンタルに同時に影響します。
スタッフ同士のトラブルやクリニックとの相性の悪さなどが原因で頻繁に人材が入れ替わるケースが考えられます。その場合、新たにスタッフを育成するための時間と費用が必要となります。
また、患者との信頼関係構築にも時間がかかり、満足度に影響を及ぼすリスクも考えられます。
実例:患者数が伸びない中で資金繰りに追われた内科医が、看護師やスタッフに当たり散らした結果、スタッフ全員が退職。患者も離れ、経営が加速度的に悪化したケースが実際に記録されています。
経営の苦しさとスタッフ関係の悪化は、連動して起きます。
看護師の採用は開業6ヶ月前が目安とされていますが、採用できなかった場合や早期退職した場合の備えも、事前に考えておく必要があります。
リスク④ 集患失敗という静かな詰み
倒産より多いのが、「倒産せずに苦しみ続ける」状態です。
当直や地方病院のアルバイトをしたり、銀行返済の条件を変更して月々の返済を大幅に引き下げたりして、何とか体裁を保っている例も散見されます。
苦しい開業医に甘い言葉ですり寄り、資金提供し、大きな医療法人の傘下に組み込まれて事実上の勤務医に戻ってしまうパターンもあります。
集患失敗の背景にはいくつかのパターンがあります。
立地選定の甘さ。
ホームページを持たない、または更新しない。
口コミ対策をしない。
コロナ禍以降、患者はネット検索やレビューを通じて医療機関を選ぶようになり、ネット戦略を持たないクリニックは新規患者の獲得が難しくなっています。
「良い医療をしていれば患者は来る」という考えだけでは、現代の集患は成り立ちません。
リスク⑤ 診療報酬改定と外部環境の変化
自分がいくら準備しても、外側から経営を揺さぶるリスクがあります。
2024年上半期の病院・クリニックの倒産原因は最多が「販売不振」の8件、次いで赤字累積など「既往のシワ寄せ」が6件。小規模クリニックでは、コストと診療報酬のバランス維持が難しく、厳しい競争環境のなかで倒産が増えています。
診療報酬は2年に一度改定されます。改定次第で収益構造が変わります。
加えて、物価上昇・光熱費高騰・医療材料費の上昇は、固定費を押し上げます。
収入の上限が診療報酬で決まる一方で、支出は市場に連動して増える。この構造的な非対称性が、開業医の経営を難しくしています。
リスク⑥ 院長が倒れたらクリニックが止まる
開業医には代わりがいません。体調を崩せば即収入減につながります。
勤務医時代なら同僚に代わってもらえた体調不良が、開業後は「休診」という形でクリニック全体に直撃します。
就業不能保険・生命保険の見直しは、開業前に必ず行っておく必要があります。
また、非常勤医師のネットワークを持っておくことで、急な休診を避ける体制を作れます。
リスクは「知って備えるもの」
これだけ並べると怖く見えるかもしれません。ただ、開業で失敗する医師に共通するのは「リスクを知らなかった」ことではなく、「準備が不十分だった」ことです。
開業失敗で最も多い後悔の声は「事前にもっと調査・準備すればよかった」というものです。
立地の診療圏調査、競合分析、資金計画の精査、集患戦略の立案など、開業前に十分な準備をしなかったことを後悔する開業医が多い。
リスクを知ることは、リスクを小さくする最初の一歩です。
私自身、多くの医師の開業に立ち会ってきました。うまくいった開業に共通していたのは、スピードではなく、納得感でした。焦らず、ここで少し整理していってください。
この記事の延長にある話を、3つだけ。
