「開業すれば患者が集まる」という時代は終わりました。
人口減少・少子高齢化・競合増加。立地を間違えると、どれだけ良い医療をしても患者は来ない。
立地だけは、開業後に変えることができません。
この記事では、現場で実際に使われている「立地の見方」を整理します。
立地判断の基本式を知る
診療圏調査には、推計患者数を算出する基本式があります。
推計患者数 = エリア人口 × 受療率 ÷(同科目の競合医院数 + 1)
例えば、1次診療圏(半径500m)の人口が5,000人、内科の受療率が3%、競合内科が2軒の場合、推計患者数は5,000 × 0.03 ÷(2+1)= 50人/日となります。
ただしこれはあくまで理論値。実際には競合の強度・動線・地形・将来人口が大きく補正をかけます。
視点① 「人口」は量より質で見る
人口の多さだけを見て立地を決めると、診療科とのミスマッチが起きます。
総人口だけでなく「質」を見ることが重要です。
性・年代別人口でターゲット年齢層のボリュームを確認し、住宅地なら夜間人口(常住人口)、駅前・オフィス街なら昼間人口を使い分ける。
さらに、将来推計人口も必ず確認します。今は人が多くても、10年後に急減するエリアでは長期経営が危ぶまれます。
診療科別に見るべき人口指標の目安は次の通りです。
内科・整形外科は高齢者人口比率、小児科・皮膚科は0〜14歳人口と子育て世帯数、心療内科・美容皮膚科は20〜40代の生産年齢人口。
首都圏郊外であれば、1次診療圏(半径0.5km圏内)で1万人、3次診療圏(1.0km圏内)で3万人以上の居住人口が望ましいとされています。
また、現時点の人口が良くても、開発計画・再開発・人口推移を確認しておかないと、数年後に状況が一変することがあります。
「駅近で開業して集患に成功したが、その後近隣に新しい医療モールができ競合が激増、患者数が減少した」という実例もあります。
開業時点だけでなく、5〜10年後の姿まで見た上で立地を選んでください。
視点② 「動線」は地図ではなく足で確かめる
「駅前=人通りが多い=集患しやすいはず」と考え診療圏調査を簡易的に済ませ、ある駅の北側に開業したA先生の事例があります。
開業後に患者数が伸びず詳細調査をしたところ、地域住民の生活動線は駅の南側に集中しており、南側には大規模商業施設や住宅地が広がっていたため、北側のクリニックの前を通る人は限られていたことが判明しました。
各地域には特有の「生活動線」があります。
「品揃えが豊富なスーパーがあるから多少遠くても通っている」
「渡りづらい踏切があるので線路の反対側には行かない」
「急行が停まる一つ先の駅を使っている」など、人によって生活動線はさまざまです。
地図の上では同じ「駅前500m」でも、人が流れる方向が違えば別の立地です。
確認の仕方は一つだけ。平日の朝・昼・夕方、休日と、複数の時間帯に現地を訪問することです。
スーパー・保育園・薬局など生活施設の位置と、人が向かう方向を自分の目で確かめる。
これに代わるデータはありません。
また、地形も重要です。
半径2kmの診療圏内に東西に流れる河川があり、川を越えて患者が来なかったため、コンサル予測「1日60人」に対して実際の来院が「1日4人弱」だったという記録された事例があります。
地図上の円だけで判断せず、川・幹線道路・線路・急な坂道など、人の流れを遮断する要素を必ず現地で確認してください。
視点③ 「競合」は数ではなく強度で見る
競合調査で最も多い失敗が、「近くに同じ診療科が何軒あるか」だけを数えて終わることです。
一般的な診療圏調査では患者数を競合クリニックで均等に按分しますが、現実では競合の集患力は一定ではありません。
「最新の医療機器を備えている」「院長の評判が非常に高い」などの場合は競合度が強くなります。
競合強度の指標には、駐車場の有無・診療時間・専門医資格・外来患者数・口コミ評価などがあります。
競合調査では、すでに閉院している医療機関が含まれていたり、最近開業した医療機関が含まれていないケースも散見されます。
また、高齢院長で後継者の予定がない場合、数年後に競合でなくなる可能性もあります。
逆に若手で専門医資格を持つ競合は強力なライバルになります。
競合院長の年齢・後継者の有無・口コミ評価・駐車場・診療時間・専門医資格。
これらを「競合強度スコア」として整理することで、単純な競合数では見えない実態が浮かび上がります。
また、競合クリニックを実際に受診した地域住民の声を聞いてみると「スタッフが少なくて常に待たされている」「医者が話を聞いてくれない」などの声が見受けられることもあり、そうした不満をすくい取れる場合、調査結果が良くない立地でも開業の可能性が残っています。
視点④ 「診療圏調査レポート」を鵜呑みにしない
開業コンサルタントや不動産業者が提供する診療圏調査レポートは、参考にはなりますが、それだけを根拠に判断するのは危険です。
診療圏調査のレポートは現時点の医療ポテンシャルを把握したに過ぎず、各クリニックの強みや弱みは考慮されていません。また競合クリニックの調査も、単に件数だけでは実態を反映できないことがあります。
オンライン診療が普及したことで、地理的制約が緩和され、必ずしも近隣のクリニックを選ぶわけではない状況も生まれています。診療圏調査が想定する「地域の医療需要」と実際の受診行動が乖離することがあります。
レポートはあくまで「仮説の出発点」です。数字を確認したら必ず現地へ行き、自分の目で補正をかける。それが診療圏調査の正しい使い方です。
視点⑤ 立地と診療科は必ずセットで考える
同じ「駅前」でも、診療科によって向き不向きがあります。
都心・駅前での開業はアクセスと集客力が高い反面、競合が多く明確な強みを打ち出す必要があり、運営費・人件費もかさむため利益率が低くなりやすい。
郊外・住宅街では競合が少なく運営コストを抑えられ十分な駐車場も確保できる反面、電車でのアクセスが悪く、調剤薬局との連携が難しいこともあります。
整形外科・眼科は車でのアクセスと駐車場が必須。
内科は徒歩圏内の生活動線が優先。
小児科は保育園・小学校への近接が集患に直結。
心療内科・精神科は人目につきすぎない静かな立地の方が患者が来院しやすいケースがあります。
「この診療科の患者は、どうやってクリニックに来るか」を起点に立地を考えることが、ミスマッチを防ぐ最も確実な方法です。
立地判断の最終確認リスト
契約前に確認すべき項目を整理します。
1次診療圏の人口と年齢構成(夜間・昼間の使い分けも含む)、5〜10年後の将来推計人口、同科目の競合数と競合強度(年齢・口コミ・駐車場・専門医資格)、生活動線の実態(複数時間帯の現地確認)、地形的な分断要因(川・幹線道路・線路・坂道)、周辺の開発計画・再開発情報、の6点です。
これらを一つずつ確認した後、「この場所でなぜ患者が来るのか」を自分の言葉で説明できるようになること。それが、立地選定の本当のゴールです。
私自身、多くの医師の開業に立ち会ってきました。うまくいった開業に共通していたのは、スピードではなく、納得感でした。焦らず、ここで少し整理していってください。
この記事の延長にある話を、3つだけ。
