クリニック患者数の予測方法

「この場所で、何人患者が来るのか」。開業を考える医師が最も知りたいことの一つです。

正確な答えは誰にも出せません。ただ、論理的に近似値を出す方法はあります。
根拠なき楽観でも、漠然とした不安でもなく、データと現地調査を組み合わせた「納得できる予測」を立てること。それが、開業準備における診療圏調査の本質です。

目次

まず「1日40人」という目安を知る

予測の話に入る前に、経営の基準値を確認しておきます。

独立行政法人福祉医療機構の調査によれば、診療所全体における1日の平均外来患者数は45.6人。
一般的なクリニックに必要な患者数は「1日40人程度」が目安となります。

なぜ40人か。厚生労働省の受療行動調査では、診療時間が3分を切ると患者満足度が顕著に低下することが分かっています。
患者の話を聞き、一定の満足を得られるという意味でも、1日の外来患者数の目安は40人といえます。

ただし、この40人という数字は診療科によって大きく変わります。
整形外科では100人前後、内科系では50人前後、診療時間が比較的長い診療科では30人前後が損益分岐点の目安です。

患者数の予測は「何人来るか」ではなく、「損益分岐点を超える患者数が来るか」という問いとセットで考える必要があります。

推計患者数の計算式

推計患者数はエリア人口に受療率を乗じた数値に対して、競合医療機関数+1(この”1″は自身のクリニック分)で割ることでクリニック単体の推計患者数を算出します。

推計患者数 = エリア人口 × 受療率 ÷(科目別競合医院数 + 1)

受療率とは、人口10万人あたりでどのくらいの方が医療機関を受診したかを表す数値。厚生労働省が3年ごとに行う「患者調査」に基づいて、都道府県別・傷病別・性年齢別等のデータが発表されています。

計算例:1次診療圏(半径500m)の人口が1万人、内科の受療率が0.5%、競合内科が3軒の場合。推計患者数 = 10,000 × 0.005 ÷(3+1)= 12.5人/日。
この数字は損益分岐点に届きません。
同じ条件で競合が1軒なら25人。競合ゼロなら50人。競合の数が患者数を大きく左右することが、この計算からよくわかります。

開業コンサルタントの視点:損益分岐点から逆算する

開業支援のプロは「テナント開業の場合、先生の生活費(月60万円程度)を含めた損益分岐点は、内科なら1日に必要な患者数は35人くらい。
診療科によって損益分岐点の1日の患者数は異なり、小児科は患者1人あたりの単価が約4,000円なので40〜45人、皮膚科は単価が約3,000円なので40〜50人くらい」と述べています。
診療圏調査によって、この損益分岐点をしっかり上回る物件でなければ紹介しない、という基準を持っています。

つまり、患者数の予測で確認すべきは「何人来るか」ではなく「損益分岐点を上回るか」です。
推計患者数が損益分岐点を下回る立地は、どれだけ気に入っても経営的に成立しない可能性があります。

患者数予測が「当たらない」4つの理由

診療圏調査は一般企業の商圏調査に近い概念ですが、医療には診療報酬という公定価格があり、患者の受療行動が疾患の緊急度や重症度に左右されるという特性があります。
小売業の手法をそのまま適用するのではなく、医療に即した分析が不可欠です。

計算式はあくまで理論値です。現場で「予測と実態がずれた」という事例には、4つのパターンが繰り返し登場します。

①生活動線を見誤った

同心円の診療圏設定は、川・線路・急坂といった地形的な分断を考慮しません。
実際に現地に足を運ぶことはとても重要。
坂を上がらなければならない高台エリアだったとか、川や線路で人の流れの導線が遮られているなど、実際に歩いて初めてわかることが多々あります。

②競合の強度を「数」で見た

推計患者数の算出で「競合医療機関数」は正しく実態を表しているかが問題です。
老齢院長で後継者がいない競合は数年後に撤退するかもしれない。
逆に口コミ評価が高い競合は、計算式以上に強力なライバルです。

③昼間・夜間人口を使い分けなかった

診療圏調査は一般的に国勢調査のデータを利用しており、夜間人口(居住者数)となります。
都市部で会社員をターゲットとした開業を検討する場合は、昼間人口も一つの指標になります。

④将来人口を確認しなかった

エリア人口が小さい場合、現時点の推計患者数が良い数値であったとしても、新規参入の競合医療機関の影響を受けやすくなります。
首都圏郊外であれば、1次診療圏(0.5km圏内)で1万人、3次診療圏(1.0km圏内)で3万人以上の居住人口があることが望ましいです。

診療科別:患者数予測の「診療圏の広さ」

一般内科を受診する患者は体調が悪いときにすぐ行きたい方が多いため、家や勤務先の最寄りのクリニックを選ぶ方がほとんどです。都市部であれば駅から徒歩2〜3分以内、郊外なら車で10分以内が診療圏の目安です。

一方で、耳鼻科や精神科など特定の疾患に対応しているマイナー科は、複数回通う可能性が高いため遠すぎると選んでもらいにくくなります。
都市部なら半径1km以内、郊外であれば半径2〜4km前後が診療圏の目安です。
来院間隔が空きやすい婦人科・泌尿器科・美容皮膚科は、さらに広い診療圏設定が可能です。

診療科ごとに「患者がどこから来るか」が異なります。
内科は徒歩圏・近隣。整形外科・眼科は車で来る患者が主流で駐車場が必須。
美容皮膚科は評判次第で遠方からも来る。同じ計算式でも、診療圏の設定次第で推計患者数は大きく変わります。

マーケティングの視点:数字で見えないものを補う

診療圏調査の本質は数値化そのものではありません。地域住民の生活実態や十分に満たされていない医療ニーズを明らかにし、それに対して自院がどのような価値を提供できるかを定義することが、診療圏調査の本質です。

競合クリニックに不満を持っている患者がいる場合、患者の流入を見込むことができます。
実際に現地の住民の声を聞いてみると「スタッフが少なくて常に待たされている」「医者の考え方が独特で話を聞いてくれない」などの声が見受けられ、そうした不満をすくい取れる場合、調査結果が良くない立地でも開業の可能性が残っています。

数字で出た推計患者数に加え、「自分のクリニックがこの地域で何を解決できるか」という問いに答えられるかどうか。これがマーケティング的な予測の補正です。

融資審査と患者数予測の関係

融資審査で最も重視されるのが事業計画書における実現可能性であり、その中核となるのが売上予測(医業収益予測)です。「大学病院で豊富な手術経験がある」「駅前で人通りが多い」といった主観的な自信だけでは融資担当者を納得させることはできません。
人口規模・受療率・競合医療機関数といった客観データに基づき、1日あたりの想定来院患者数と月次売上を論理的に算出した根拠が求められます。

患者数予測は、自分が納得するためだけでなく、融資を通すための根拠資料でもあります。
精度の高い診療圏調査レポートは、銀行審査の通過率を実質的に高めます。

患者数が「1人増える」ことの意味

患者数が1人増えた場合、7,525円 × 1人 × 23日 × 12ヶ月で、年収に200万円近くの差が生じます。クリニック経営において集患は極めて重要な要素です。

開業前の予測は「当たるかどうか」より「論理的に根拠を作れるかどうか」が重要です。予測の根拠が明確であれば、開業後に患者数が予測を下回ったとき、どこに問題があるかを特定しやすくなります。立地なのか、認知なのか、診療時間なのか。予測と現実のズレを分析する基準として、診療圏調査の数字は開業後も使い続けられます。


私自身、多くの医師の開業に立ち会ってきました。うまくいった開業に共通していたのは、スピードではなく、納得感でした。焦らず、ここで少し整理していってください。

この記事の延長にある話を、3つだけ。

次に読むなら、このあたり

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

元医療施設設計士/医療事業プランナー

クリニックをはじめとする医療施設の設計を20年以上担当。
小児科・耳鼻咽喉科・皮膚科など、
子どもが通う医療施設の設計に特に力を入れてきた。

現在は設計を離れ、医療系企業の事業プランニングに従事。
「先を不安に思う医師の力に少しでもなれれば」という思いで
このサイトを運営している。

目次